『パズル』|レイチェル・ナオミ・リーメン
著者自身がクローン病という難病を抱えながら生きる医師であり、精神的にも肉体的にも問題を抱えた人々と向き合ってきた記録をまとめた一冊の本。
不治の病にある患者や家族、医師、ラビ(ユダヤ教の指導者)の祖父から聞いた話…「苦難をどのように受け止め」「本当に人を癒すことについて」紡がれる数々の物語は、心の深いところに響きます。
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パズル
子どもの頃、家の居間にはずっとジグソーパズルがおいてあるテーブルがありました。
パズルの箱の蓋を父はいつも隠してしまいました。どんな絵か知らないでパズルのピースを嵌めていくのが醍醐味だという意見だったのです。
家族や訪ねてきた友人が暇をみて、すこしずつピースを嵌めていたものです。当時三歳だったわたしは、パズルがどういうゲームなのか説明を受けたことはありませんでした。
ある朝早く、居間にひとりでいた私は椅子にのぼって、何百というパズルのピースを広げ並べてみました。ピースは小さくて、明るい色のと暗い色のとがあります。暗い色のはクモか昆虫みたいで醜く、ちょっと怖い。そういうのは嫌なので、椅子から降りてソファのクッションの下に隠してしまいました。ひとりでいる機会を見計らって、それを数週間続けました。
そのパズルが完成しそうにないので、おかしいと思った母が残りのピースを数えてみると100ピース以上足りないことが判明しました。嫌な感じのものは隠したとわたしが白状すると、母はクッションの下からそれを出してきて、やがてパズルを完成させました。
するとどうでしょう。一枚の絵が姿をあらわしたのです!
ピースを一つ一つ嵌めていくと、やがて絵になることなどわたしは想像もしていませんでした。きれいな、人気のない静かな海辺の絵でした。私が隠してしまったピースがなくては、そのパズルは成り立たなかった。
人生は全てのピースを与えてくれます。人生のある部分だけをうけいれ、気にくわない部分は拒否し無視するなら、それは人生のピースを一つずつ、関連のないものとして見ているということです。成功する幸福、うれしい出来事、あるいは忘れてしまいたいと願っている醜さ、痛み、喪失、失敗などをたがいに関連をもたない独立したピースとして見ていたのです。
でも人生というパズルに必ずある暗いピース、悲しいピースは、苦痛であっても、ピースそのものを超えたより大きな何かの一部かもしれません。
-『失われた物語と求めて :キッチンテーブルの知恵』(2000年)
レイチェル・ナオミ・リーメン 著 藤本和子 編訳
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人生を編集しないということは自分の人生に責任を持つことであり、本当の意味で生きるということなのだろうと思います。
毎日瞑想をしていると、呼吸も少しずつ違うことに気づきます。リラックスしている時は瞑想を始める時からゆったりしているし、動揺するようなことがあった日や疲れている日は、呼吸も短く浅い。
呼吸が浅いと感じる日が何日か続くときもあります。でも、そういう日があるからこそ「今日は早めに休もう」「今日は(前よりも)楽に呼吸ができるな」と気づく日あるわけです。呼吸が浅い日は、パズルでいうところの暗いピースの日なのかもしれません。
暗いピースも明るいピースも、それはそれで受け止めてみることが、人生という大きな絵の深みだったり、豊かさの源泉になっていくのかもしれません。
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